
Horiba Laboratory, “Research on Silver Organosols”
碧水会
-京都大学化学研究所の文化-
Hekisuikai -The Culture of Institute for Chemical Research, Kyoto University-
1949(昭和24)年-
1940年代にあった研究所親睦会「大和会(だいわかい)」は終戦とともに自然消滅し、1949年に「碧水会(へきすいかい)」が発足しました。「碧水は淀川からの連想で、若々しいと云う気分を含めた」という当時の教授 後藤廉平の発案です。宇治川に近い現在の化学研究所にも縁ある名称として、2007年に発足した同窓会組織に継承されました。

碧水舎
Hekisuisha
化学研究所創立90周年記念事業の一環として整備した「碧水舎」は、旧陸軍の火薬庫として建設されたものです。京都大学では当初は教養部の講義棟として、1968年に化学研究所が宇治に移転した後は、無機材料化学系の窯業化学実験工場として使用され、長年にわたり宇治地区で重要な役割を担ってきた歴史ある建造物です。
碧水会の歴史
History of Hekisuikai
化学研究所には戦前から親睦会として「大和会(だいわかい)」がありましたが、1949年に国近三吾教授が世話役となり新名称を公募しました。その結果、「碧水は淀川からの連想で、若々しいと云う気分を含めた」という後藤廉平教授発案の「碧水会 」に決定しました。「碧水」とは「青色に深く澄んだ水」という意味です。宇治川に近い現在の化学研究所にも縁ある名称として、2007年に発足した同窓会組織に継承されました。

「碧水会」涼飲会
(研究所ビアパーティー)のはじまり
The Beginning of the Hekisuikai Summer Beer Party
1950(昭和25)年頃
第7代所長 堀尾正雄アルバムより。高槻の本館前で撮影された当時の写真には、「アサヒビール」の文字と共栄(株)(当時のアサヒビールレストラン事業会社)のユニフォームを着た女性の姿も写っています。
※1946-1947年に共栄(株)(当時のアサヒビールのレストラン事業会社)の高槻ビアホールが開業していました。(アサヒグループジャパン(株)調べ)

高槻での最後の涼飲会
The Last Summer Beer Party in Takatsuki
1967(昭和42)年7月19日
夕立のため講堂・その他で開催とあります。「碧水会」涼飲会は現在も宇治キャンパスにて毎年7月に開催され、研究所のホームカミングデーとして位置付けられています。

マラソン大会
Annual Marathon
1995(平成7)年2月4日
スポーツ大会の一種目として開催されてきました。この他、書道部、写真部などもありました。涼風コンサートなども行われ、「碧水会」活動により研究室の枠を越えて所員が集い、親睦を深めてきました。

つなひき大会
Tug-of-War Competition
2023(令和4)年6月28日
「碧水会」ス ポーツ大会は現在も年2回開催され、つなひき、ソフトボール、卓球、テニスの4種目が行われています。各試合で熱戦が繰り広げられ、研究所に活気をもたらしています。
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