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堀場研究室
「銀オルガノゾルの研究」

1940(昭和15)年頃

写真裏面には『「銀ゾル」を含む錠剤 消毒薬として出征軍隊へ寄贈』とあります。堀場信吉研究室では、膠質(コロイド)化学を専門とし、金属オルガノゾルの性質を研究して皮膚病薬などの医薬品や、貝類が付着しにくい船底塗料を開発しました。

Horiba Laboratory, “Research on Silver Organosols”

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堀場信吉(1886-1968年)理学博士
化学研究所第3代所長(1942-1945年)

​​1886年 京都市に生まれる
1924年 京都帝国大学教授
1937年 日本学士院賞受賞
1939年 京都帝国大学理学部長(1941年9月まで)
1942年 京都帝国大学化学研究所所長(1945年11月まで)
1949年 同志社大学工学部長
1952年 京都市立音楽短期大学(現・京都市立芸術大学音楽学部)学長
1952年 浪速大学(現 大阪公立大学)学長
1966年 文化功労者

堀場信吉は、京都帝国大学の理学部長などを務め、物理化学者・組織運営者・教育者として活躍しました。

化学研究所の設立に際しては、当時の荒木寅三郎総長と共に文部省へ予算要求を行うなど、設立当初から研究所運営に関わりました。さらに、研究所の運営資金を得るために、早期の事業化が見込める基礎・応用研究に力を入れ、医薬品や船底塗料の開発などでいくつもの特許を得ました。これは現在の「産学連携・医工連携」の先駆けです。

また、堀場研究室からは多くの優秀な人材が育ち、その中には吉田武子(後のお茶の水大学理学部化学科教授)もいました。

なお、堀場信吉は、堀場製作所創業者である堀場雅夫氏の父にあたります。

​限外顕微鏡 1930(昭和5)年頃

堀場研究室では、膠質(コロイド)化学を専門としていました。当時の堀場研究室で使用されていた限外顕微鏡は、照明装置を工夫して、普通の顕微鏡では見えないコロイド微粒子を見ることができます。堀場信吉は限外顕微鏡について「暗夜に星を吾人が認めると同様の理由で粒子の存在を認める様にした顕微鏡」※と説明しています。
※「物理科学の進歩」5 (2–3), 5–12, 1931

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限外顕微鏡(ドイツ・Leitz 社製)

※堀場研究室にて使用

​芸術

堀場信吉は1937年から9年間、戦時中の京都帝国大学音楽部(現 京都大学交響楽団)の部長を務めました。また、音楽のほかにも詩、書、画にも親しみ、多くの作品を残しています。
科学だけでなく芸術にも深い関心をもち、現代でいう「STEAM人財」ともいえる人物でした。
写真の掛軸は堀場信吉から、京都帝国大学での教え子であった化学研究所第14代所長 水渡英二に贈られたとされるものです。

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写真提供:(株)堀場製作所

協力:株式会社堀場製作所

参考文献:水渡英二・大杉治郎『生命を科学する-堀場信吉先生遺稿集- 』(堀場信吉先生遺稿刊行会), 1970

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