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オストワルド画

1923(大正12)年

Landscape by Prof. Friedrich Wilhelm Ostwald

ドイツの物理化学者 F.W.オストワルド(1909年ノーベル化学賞受賞)により描かれ、化学研究所初代所長 近重真澄の前任教授であった大幸勇吉に贈られたとされる風景画。裏書には「大正十二年七月二十六日着独乙オストワルド教授筆 近重真澄」とあります。高槻にあった研究所本館所長室に飾られ、現在も化学研究所の所長会議室に飾られています。

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Friedrich Wilhelm Ostwald(1853-1932年)ラトビア/ドイツ

F.W.オストワルドは、アレニウス、ファント・ホッフらとともに「物理化学」を創始した化学者です。1888年には電離などに関係するオストワルドの希釈律を提出し、1900には触媒反応による硝酸の製法を確立しました。1909年、ノーベル化学賞受賞。研究者としてのみならず、教育者や科学史家としても功績を残し、絵を描くことを最大の趣味として多くの絵を残しました。晩年にはオストワルドシステムと呼ばれる優れた色彩の評価方式を考え出しました。

1853年 ロシア帝国のラトビア・リガに生まれる
1881年 リガ工科大学教授
1887年 ドイツライプツィヒ大学教授
1906年 ライプツィヒ大学を辞任後、グロスボーデンの「ハウスエネルギー」で自由な科学研究生活を送る
1909年 希釈律の発見、反応速度・化学平衡の研究でノーベル化学賞受賞

 

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 近重 真澄 ちかしげ ますみ(1870-1941年)

 化学研究所初代所長(1927-1930年)

近重真澄はテルルの原子量測定、「金相学」の発展などに貢献しました。主な研究業績は、金属・合金・無機化合物の相平衡の研究であり、日本の化学研究が独り立ちした時代の化学者のひとりです。また、歴史学や考古学の分野にも貢献するとともに、茶道・禅学・漢詩など、文化人としても多くの著書と作品を残しました。

 

1870年 高知市に生まれる
1894年 帝国大学(現在の東京大学)理科大学化学科卒業
1905年 無機化学研究のため独英に留学。ドイツではタンマン教授に師事し、熱分析法を学んだ。

1908年 京都帝国大学理工科大学教授
1918年 同 理科大学長(理学部長)
1927年 化学研究所教授(兼任)および初代所長
1930年 京都帝国大学を退職
 

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「印度洋所見」と題した近重の漢詩が、オストワルドが隠棲したドイツの山荘「ハウスエネルギー」に残されています。「物庵」は近重の俳号。荒れ狂うインド洋の怒涛の激しさを歌ったもので、「変化する無窮の波涛を看る。百怪雲中に現れ阿羅漢悠然として淘湃を聴く」とあります。

参考文献

小岩昌宏「金相学の誕生と材料科学への発展」『Materia Japan』48(8),412−419,2009
原田馨「ドイツ科学史巡礼 グロスボーデンの『ハウスエネルギー』探訪」『化学史研究』24(4),306-313,1998
原田馨 「絵を残した科学者たち」『ケミカルタイムス』1(179),2001
八耳俊文「文人化学者近重真澄と東アジア古代化学史」『化学と教育』73(3),84-87,2025
高知市立龍馬の生まれたまち記念館, 2020年コーナー展「生誕150年 化学者で文化人 近重真澄」

藤嶋昭 他『人物でよみとく化学』(朝日学生新聞社)64項, 2021

『京都帝国大学史』885頁, 1943
 

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